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2009年11月8日 - 2009年11月14日に作成された記事

2009年11月10日 (火)

富野由悠季と宮崎駿

 今日10日の毎日新聞に、ガンダムの監督、富野さんのインタビュー記事(4回目)が載っていて、タイトルが「宮崎駿監督に近づきたい」となっていた。そのインタビュー記事を紹介したい。
 少し、驚いたから。富野さんが宮崎さんのことをそんな風に思っていたとは。

              ★           ★
 富野さんは、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(74年)、「母をたずねて三千里」(76年)の絵コンテを担当し、両作品の監督だった高畑勲と、アニメーターだった宮崎駿、の二人に出会った。その仕事ぶりは富野さんに衝撃を与えた、ということだ。

 二人は子ども向けに作品を作る気がさらさらなかった。子ども相手なのに、噛み砕いたセリフが一切ない。セリフの構造が大人の小説と同じだった、という。ハイジの時に、高畑監督に「これじゃ、子どもがつまらないですよ」と直言したが、監督の答えは「いや、つまらなくない」だった。実際、子どもは夢中になってみた。宮崎さんの描く動きにも説得された。いかにもアニメ的なオーバーアクションがなく、自然なのに面白い。「アニメだから」と子どもにこびた表現をすることがむしろタブーだと教えられた、という。
 宮崎駿の初監督作品「未来少年コナン」(78年)でも絵コンテを頼まれたが、全部直された。才能のある人は、絵コンテの部分的な直しはしない。「全直し」なのだという。自分の至らなさに、自分に腹が立った、という。
 ある時期、ある瞬間、二人と一緒に仕事をしたことで、アニメに絶望しないですんだ。「ガンダム」の“基礎学力”としても、その経験は生きている。

 81年に、映画「機動戦士ガンダム」が公開され、ガンダム人気が出た。アニメ雑誌「アニメージュ」が実施した読者の人気投票で、富野さんは演出家部門で三期連続トップに立つ。宮崎監督はその時期、三位から五位だった。しかし、富野は表彰式に出ても針のむしろの心境だったという。「笑われているよね」という気持ちしかなかった、という。(当時、宮崎監督は「カリオストロ」(79年)で映画に進出はしていたが、「ナウシカ」の発表は84年)

 富野は言う。
 ライバルじゃないんです。全面的に認めることのできる才能に接していればせめて近くに行けるようになりたいじゃないですか。そう思い続けないと、僕程度の人間は怠けますから。

 毎日新聞「時代を駆ける」富野由悠季

 

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