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2010年6月 1日 (火)

リアルさの感度 『ノッティングヒルの恋人』評

 ジュリア・ロバーツとヒュー・グラントははまり役だったと思う。ジュリア(アナ)の輝くような笑顔のチャームは健在だったし、ヒュー(ウィリアム)の平凡な男ぶりも板に付いていた。あまりに平凡すぎて、ハンサムではあっても、この男のどこにスターであるジュリアが惹かれるのか、今ひとつ説得性がないような気がやはりする。しかし、その分我々凡人がウィリアムに感情移入することを可能にし、「もし、本当に目の前に大スターが現れて、自分の恋人になってくれたら」というこの映画のキイとなるファンタジーの非現実性をかなり救っている。
 この映画には、お手本があったことを伺わせるシーンがいくつかある。初めにスターとしてのアナの活躍をフラッシュで見せる導入部。続いて主人公の男性の日常を描き、さらにその全く違う二つの世界がどうして出会ったかを描写 していく……。そう、この映画のお手本は、明らかに「ローマの休日」に違いない。ジュリアの役どころはオードリーが演じたアン王女と二重写 しに見える(名前からしてアナだしね)。新聞記者のジョーを演じたグレゴリー・ペックに相当するヒュー・グラントは、旅行専門書店の店主ではあるが、記者会見場に紛れ込んで滑稽なインタビューを試みるのだ。極め付きはラストシーンの記者会見だろう。「ローマの休日」ではそれがそのままアンとジョー別 れの場面となり、真に忘れがたい余韻を残した。

 僕はこの映画に好意を持っている。良い脚本だとも思った。しかし、同時にそれは「ローマの休日」がいかにすばらしい映画だったかを改めて教えてくれるものでもあったのだ。
 「ローマの休日」と「ノッティングヒル」はどちらもファンタジーだが、そのリアルさに対する感度は相当に異なる。例えば、海外ロケか宣伝のために滞在していると思われる過密スケジュールのスターが、ひとりでふらりと書店に現れる、という出会い。そのすぐ後でもう一度今度は街角でオレンジジュースをかけてしまう、という展開。続いてすぐ近くにあるというアパートにスターが寄り、そこで着替え、帰り際にキスをする……。この展開は、必然性がほとんどない。アン王女の場合のように、連日の旅と記者会見や行事のストレスからヒステリーを起こしており、医者に睡眠薬を注射されていた……という夜のローマに出ていってジョーに出会う伏線となる設定とは相当な開きがある。
 その後の展開でも、「ノッティングヒル」にはところどころにリアルさに対する感度の低さが現れてしまう。アナがウィリアムのアパートに泊まった翌日の朝、記者たちが外で一斉に待ちかまえているところにヒューがまず出ていき、続いてジュリアがカメラに映りにいき(と見える。まったく必然性がない)、だめ押しでヒューのイカレタ友人スパイクが裸でカメラの前でポーズをとる。これはテレビのバラエティショーのレベルのネタで、確かに笑えるが結局のところ、その後のジュリアの怒りを、このようなリアルさに対する感度の低さが相殺してしまうことになる。
 ラストの記者会見の場面で言えば、アン王女とジョーの別れは、それが二人にだけ分かる形でなされ、隠されているからこそファンタジーのリアルが生き延びるのに対して、皆に知られフラッシュを焚かれる中でアナとウィリアムのファンタジーはそのリアルを急速に失って行き、映画の中のファンタジーとして画面 の中に薄れて行かざるを得ない。アンとジョーのファンタジーのように、映画が終わってもそのファンタジーが私たちの心に深く残る、というようにはいかないのだ。
 うーん、でもとても好きな映画です(フォローになってないな……)。

(2005年11月刊dozeu.net『雑想ブック』より)

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